夕陽は「見る」ではなく「観る!」

 

皆さま、お疲れ様です。日チル会ブログです。
夕陽を観てチルしていますか?

 

いやはや。それにしても季節は進みに進んでいますね。
最近はめっきり肌寒くなってきましたし、陽の沈む時間も一年で最も早い冬至に向けて順調に突き進んでいます。

このような季節の移ろいは夕陽を観てチルするという意味においてある種のスパイスを与えてくれるものであり、これもまた乙なものと言えるのではないでしょうか。

 

さっ! そんな季節の話題はおきまして、今日はこんな話でございます。

 

これまで日チル会ではこのブログ日チル会Instagram(相変わらずフォロワー数は少ない)で、「夕陽を観よう」だとか「夕陽を観てチルしよう」などと不器用ながらに発信をしてきたわけでありますが、実はそこに流儀といいますか、日チル会として筋を通しておかなければならない一つの拘りがあったということをここでご報告をさせていただきます。

 

それというのは、これまでどんな発信にしても必ず夕陽は “見る” ではなく “観る” という表現を一貫して使用してきたということです。
これが今回のブログタイトルになっている、夕陽は「見る」ではなく「観る!」なのです。

 

普通に、あまり考えずに「夕陽をみる」と文章を書こうとした場合に多くの方は、あれ…?、「見る」と「観る」どっちの漢字だったっけ?と一瞬考え、まぁこれだろう…と、「見る」と書くのではないでしょうか。
漢字の画数的にも「見る」の方が少ないですし、小学一年生でも書けるぐらい簡単ですしね。

 

一時、話題になったうんこ漢字ドリルでは「見る」と「観る」はどんなふうに載っているのでしょう。購入して確認をしようか迷いましたがやめました…。

 

 

さて、そんな「見る」と「観る」とでは、常用漢字的には「見る」の方が正解かもしれませんが、我々日チル会としてはそうではいかないのであります。

 

それというのは、文章の意味的に「見る」ですと明確な目的や意図を持たず、単に見ただけということになってしまいますが、一方「観る」であると逆で、明確な目的や意図を持って鑑賞をするという意味になります。

そんなわけですから、我々日チル会的には夕陽は「見る」ではなく「観る」。
こちらの方が正しいのです。

 

夕陽は単に視界に入ったから見たであるとか、たまたま目に入った、ではなく、観察をする。鑑賞をする。観ようとして観ること。つまり本人が意識をして観る。それがなにより大事ですし、そうすることでチルアウトができるわけです。

そんな理由、背景もあって実のところ当協会の名称も 日本夕陽を ”観て” チルアウト協会になっています。

 

  日本夕陽を観てチルアウト協会ロゴ

 

…ところでなぜこんな話題を今回のブログでは書いたかというと、その発端はこれでした。

Google で日本夕陽を観てチルアウト協会と検索をかけてみると、こう表示がされてしまうのです。

 

注)2020/11/8 現在の検索結果
もしかして:日本夕陽を見てチルアウト協会…
もしかしてもなにも。「観る」なんです。日チル会は。

 

いいえ。Google先生。
「見る」ではなくて「観る」が正解なんです。

違います!そうじゃない! と日チル会としては言いたくて今回のブログでした。

 

それでは皆さま、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

 

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